2019年9月14日 (土)

どんどん加筆~これからの講演会・企画展(2019年秋・冬)

マリコ・ポーロ

どんどん加筆したものはどんどん最初のブログ記事に追加しておりますので、どうぞそちらをご覧くださいませ。こちら→ 「小田原北条関係のイベント情報(2019 秋・冬)」


▲ 小田原市最新出土品展&遺跡調査発表会、そして遺跡講演会

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毎年恒例の最新出土品展&遺跡調査発表会に、今年は遺跡講演会が加わりました。小田原北条ファンお馴染みの、大島慎一氏、山口剛志氏、諏訪間順氏が来年3月でご定年。3人揃っての「卒業興行」になるそうです。

詳細はこちらをクリックしてくだされ → 小田原市のHP


(近況 ♪)
現在、我が家の ファミリーヒストリー 作りにとりかかっており、ブログがなかなか進みません。人様の家(北条家や太田家)の歴史ばかり調べていないで 💦 自家の歴史も調べ、冊子にしてイトコ達に配りたいと思ったのです。

庄内藩士でしたが大したことのない家ですし、口伝のみで資史料のことは聞いていません。というか資史料なんかに残るほどの家でもないですが。亡き祖父は次男であり嫡系の家とはもう付き合いもなく、手元にあるのは、幕末の家長の名前(口伝)&取り寄せた一番古い戸籍&明治時代からの写真のみ。藩士時代の菩提寺もわかりません。


自分で検索したり図書館で手あたり次第に本を見たりしたのですが、いまひとつ。あるところからどうにも手掛かりが無くなってしまったので、鶴岡市郷土資料館さんへ問い合わせさせていただきました。何を調べたらよいか、急がないので教えてほしい旨メールをしたところ、何を調べたらよいかどころか、調べて関連史料まで添付してくださいました。本当に感謝です。これを元にもう少し調査するつもりです。

鶴岡市に限らず文化財課さんや学芸員さんは、イベントやご自身の研究や、公務員さんとしての自治体のお仕事などでとってもお忙しいでしょうに、どこも皆さん親切ですねえ。くれぐれも御身おいといくださいませ。


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~庄内藩士が勉学した藩校「致道館」~

萩真尼 こと マリコ・ポーロ

 画像は全てマリコ・ポーロが撮影しました。コメント欄をもうけております。公開させていただいてはおりませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。
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2019年9月11日 (水)

小田原北条関係のイベント情報(2019 秋・冬)

マリコ・ポーロ

台風15号の被害に遭われた皆様に心よりお見舞い申し上げます。


2009年9月3日に北条追っかけブログを始めました。総記事数は 671記事になります(いったん公開したあと後悔して💦 非公開にした記事がいくつかあり。)1回目の記事タイトルは「ディスカバー 伊勢新九郎の相模へ」。その頃から 伊勢新九郎 だよん(ウフフ)。弱小ブログなのにいつも読んでくださりありがとうございます。これからもご贔屓のほど御願い上げ奉りまする~。


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~最近の滝山城某所…~


久々の講演会・見学会の情報にござる。矢文、投げ文、高札などでたくさん情報をいただきました。本当にありがとうございます!その中で 恐縮ながら マリコ・ポーロ が気になるところを以下に。

凄くたくさんあります。下にいくほど、日程が後になります。どんどん加筆しております。


まずは、我らが北条氏照の城のひとつ「滝山城」の大変魅力的でスペクタクルな見学会と講演会から。

▲ 見学会「滝山城・城攻めガイド」

今年は、北条 vs 武田信玄の、廿里・滝山合戦・小田原攻め・三増合戦 450年になります。滝山城では記念のガイドツアーと講演会が行われるそうです。個人では見学出来ないところも見られるそうですよ。


日にち:10月6日(日)
時 間:9時半~15時
3コースを6班に分けて見学

申し込み:9月24日(火)必着
コースを選んで往復ハガキにて

どのコースにしよう…。超迷う~。

詳細はクリックしてくだされ→「よみがえる滝山城」HP


▲ 講演会「信玄を討ち留めざること無念千万に存じ候~滝山城主北条氏照の人と合戦」

氏照の書状の文面が講演のタイトルになっていますね♪ 講師は八王子ではお馴染みの氏照研究の第一人者、文化財審議会副会長で市史編さんにも携わってらっしゃる、加藤哲氏です。 ナイスボイスで分かり易く滝山合戦の最新研究を解説してくださることでしょう。楽しみです。


日にち:11月4日(月・祝)
時 間:13時半~16時
ところ:八王子加住市民センター(城址バス停から徒歩3分位)

申し込み不要。先着順100名。


▲ 第20回「三増合戦まつり」

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数ある歴史まつりの中でも、津久井開城祭と並んで 不肖マリコ・ポーロ の琴線にググッと触れる「三増合戦まつり」です!つまり今年は450年ということですね。津久井も三増も土地の方や関係者の方たちの熱い供養の想いと、地元保存会さんや武将さん達による資史料を重視した寸劇が大好きです。

当ブログでも、こってり従軍レポートを書いておりますので読んでくださったら嬉しいです。こちらはそのひとつ→ 「2013年従軍レポート」


日時:10月13日(日)8時~16時
場所:言わずもがな、三増合戦場跡

古戦場には椅子やテーブルを用意してくださり、津久井と同じく業者の屋台ではなく土地の方達による売店がたくさん出ます。そりゃあ楽しいですよ~。

愛川市のHPに見つけられないのですが大丈夫。近くに行けば、旗々が戦国時代に誘ってくれます。


▲ 相模原市立博物館
北条早雲没500年連続講演会 

連続講演会ですと ♪

①~③全ての回
時間:午後2時~4時
入場無料、定員200人

① 学芸員講話「市内に残る北条早雲制札~無量光寺文書を中心に~」

日時:9月22日(日)
講師:歴史担当学芸員 木村 弘樹
申し込み不要


② 「仮)駿河時代の北条早雲-旗揚げの城 興国寺城を中心に-」  

日時:10月6日(日)
講師:沼津市教育委員会 木村聡氏

要申し込み:9/17~相模原市コールセンター(042-770-7777)へ 


③ 「小田原時代の北条早雲~見直されるその実像と小田原城」

日時:11月10日(日)
講師:小田原城天守閣館長 諏訪間順氏

要申し込み:10/17~同じくコールセンター(042-770-7777)へ

詳細→ 相模原市立博物館HP


🐎💨 玉縄城もありまっせ。

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~玉縄城ジオラマ~


▲ 玉縄歴史の会10月度(263回公開講座)
「にらみ合った小田原北条氏と徳川家康」

玉縄歴史の会や玉縄まちづくり会議さんのいくつかの、特に水運や江ノ島についての面白い講演会に参りました(戎光祥さん含め)。シリーズ「北条五代の娘たち」での氏綱の娘があと大頂院さまだけになっているのもあって、合わせてブログに書きたいのですが他に気をとられなかなかアップできないでおるうちに、興味深い講演会はどんどん進んでしまうにゃ~。


次は天正壬午の乱です!若神子城に陣を取り、徳川家康と対峙した時の様子についてのお語しで、10月16日(水)開催の第146回 歴史散策会「甲斐路を訪ねるバスツアー」の事前学習を兼ねた講座とのこと。うーーん、聞きたい。なにゆえ同日なのか…シクシク。

日時:10月6日(日)13時半~15時半
会場:NPOセンター大船(たまなわ交流センター)
講師:大竹正芳氏 日本城郭史学会委員


今年も龍寶寺さんで玉縄北条墓前祭は営まれるのかしら?
9月から11月にかけて講演会・見学会たくさんあるので、詳細はこちらを→ 玉縄歴史の会HP



▲ 本佐倉城見学会
中世城郭研究会主催

中世城郭を初めて見学する人も、土の城ベテランも楽しめるそうです。


日時:10月26日(土)13時~16時
雨天の場合は翌日

集合場所:京成本線「大佐倉」駅 改札前
参加費:500円
申し込み不要

詳細は→中世城郭研究会HP


🐎💨 次は本城小田原にて開催されるイベント


▲ 馬の博物館

① 企画展「名馬と武将」
10月5日~12月8日


② 記念講演会「神奈川ゆかりの武将たち」
日時:11月17日(日)13時~

内容
・「三浦道寸-文武兼備の武将」
講師:真鍋淳哉氏

・「北条氏規ー小田原北条一門の役割と苦悩」
講師:浅倉直美氏

申し込み不要、詳細→ 馬の博物館HP


▲ 本城天守

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~ブログに書いた先日の講演会で配布。カラーはまだだそうです。~


12月のことですが本城のことですし、なんせ、公の告知はどこも遅くて(失礼)前月中に有休を強奪する身には間に合わないことが多いです。講師は、いつもの方も、北条の城郭ではお馴染みの方も、お馴染みの伊豆や沼津(三島?)の方もたくさんでした(忘れちった💦)。日曜日にお仕事の方は有休申請!申請!


① 天守閣企画展「伊勢宗瑞の時代」
10月12日(土)~12月10日(火)

② シンポジウム 「伊勢宗瑞の伊豆進出」
日にち:12月1日(日)
講 師:家永遵嗣)、齋藤慎一、望月保宏

③シンポジウム 「伊勢宗瑞の小田原進出」
日にち:12月15日(日)
講 師:黒田基樹、金子浩之、長塚孝

②&③ どちらも、時間は13時~17時。ところは小田原市民会館ホール。要事前申込。
詳細→ 「小田原市HP」


▲ 小田原北条の会講座

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~拡大してご覧くだされぃ~


小田原では公私ともに、すでに「北条早雲」ではなく「伊勢宗瑞」になっていますな。
先日ブログにアップした「手づくねかわらけは威信財だったのか?」の会の主催です。

①「石垣山一夜城」
日時:9月17日(火)10時~11時半
場所:小田原 内野邸宅(板橋のあの黒ナマコ壁の元お醤油醸造所)
講師:塚田順正氏(元小田原市学芸員)


②「伊勢宗瑞の足跡」
日時:10月17日(木)10時~11時半
場所:小田原市学習センターけやき
講師:鳥居和郎氏(小田原市文化財保護委員会委員)


どちらも参加費500円
申し込み:曽根さん(写真をご参照)

以後も興味深い(←こればっかりで恐縮ですがホントなんだもん)講座が続きますよん


▲ 「北條五代四方山話」

(コピペ)早雲庵宗瑞没後500年の今年、​北條五代の話題は広がり続けてい​ます。伊勢宗瑞に弥次郎の他にも​弟?、修禅寺再興の隆渓繁紹禅師​は宗瑞の叔父?などの話題につい​て、最新の史実を基に石井 啓文氏が3回講座で解説します。


日時:9月26日 (木)~3回連続
13時半 ~ 15時半
場所:生涯学習センターけやき
講師:石井啓文氏(小田原ではお馴染みの郷土史家)

要事前予約

・第1回 伊勢宗瑞の弟?宗瑞の「伊勢出身​」説など
日にち:9月26日(木)
・第2回 北条氏綱と三浦義意、そして居神​明神社
日にち:10月31日 (木)
・第3回 高潔の武将・北条氏照と室・比佐
日にち:11月14日 (木) 

詳細→きゃんぱす小田原HP


▲ 伊豆の国市「北条早雲公没後500年祭」

日にち:11月1日-2日

小和田先生の講演はじめ、様々なプログラムですね。
「ごめんね早雲」は、「ごめんね青春」をもじったのか?ミシマル君も来るのかな?

詳細はこちらしか見つかりませんでした→ 「伊豆を知的に楽しむサイト」


ふぃ~。あるねえ。

🐎💨 小田原北条とは直接関係がありませんが、ビビッとくる講演会と見学会が以下。


▲ 講演会「鎌倉大仏の鋳造と物部鋳物師」

日時:9月28日(土)14時~
場所:川越市立博物館視聴覚ホール

講師:村上伸二氏
嵐山の金平遺跡や杉山城で調査成果をあげた方です。(コピペ→)河内鋳物師と称されてきた物部鋳物師とは一体何者か!金平の調査以来ライフワークとして精力的に取り組み積み重ねてきた村上氏の研究成果が披瀝されます。

コメンテーター:馬淵和雄氏(『鎌倉大仏の中世史』の著者)


すっごく面白そうですねえ~。他に重要な用事があり参れませず非常に残念なり。資料代:300円~500円(現在のところ不明)


▲ 道灌びいき~9月の見学会💨
「東中野氷川神社から中野陣跡、宝仙寺を巡る」

横浜歴博での黒田氏の講演「太田道灌の子孫たち」での my 疑問のひとつである、あの謎の「六郎」さんが殺害されたと伝わる中野陣です。宝仙寺は源義家創建とされ、赤塚不二夫大先生の葬儀が営まれたお寺ですよねえ。

道灌が豊島氏と戦うにあたって戦勝祈願をし、勝利後には社殿を造営したとの伝承が残る東中野氷川神社から、道灌の後継者・太田六郎が殺害された中野陣跡(=谷戸城址・推定)、「芸能コース」があることでも知られる堀越学園、宝仙寺を巡ります。


日時:9月28日(土)13時~15時半
案内役:豊嶋氏や道灌研究ではお馴染みの、葛城明彦氏

集合:JR東中野駅西口改札前(一番大きな改札の前です)
解散:東京メトロ・都営地下鉄中野坂上駅前

参加費:ビジター 500円


🐎💨 申込締め切りもあるので取り急ぎ以上です。また追加するかもしれまへん。

マリコ・ポーロ こと 萩真尼


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2019年7月20日 (土)

「北条の 城郭(支城)ネットワーク は本当にあったのか?」鳥居和郎氏

 マリコ・ポーロ

その前に…

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~会場入口では、この前に立って資正殿とツーショット写真が撮れる。~

横浜歴史博物館で開催中の「"道灌以後"の戦国争乱 横浜・上原家文書にみる中世」を観てきました。大変密度の濃い展示で、全部観るのにかなりの時間がかかりました。

長塚孝氏の「葛西城の攻防と東京湾の戦国」、黒田基樹氏の「太田道灌の子孫たち」の講演も拝聴しました。特に長塚孝氏のお話しのメインは、足利のヨッシー(義氏)と国府台合戦だったので、とても面白かったです。

それにしても、企画展のポスターや ツーショット写真が撮れるのは太田資正殿なのに、展示会場入口の太田系図に資正殿が載っていないのは何故だろう…?兄弟の資頼や女子まで載せているのに…。ふしぎ~。


本題へ。

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~講演「北条氏の城郭ネットワーク」レジュメと史料~


イメージをつくってしまうと、それが本当だと思い込んでしまうから…怖いですよ
(by 鳥居和郎氏)


このところ立て続けにそういう事例に遭遇しているので、他人事ではなく、超素人のたかがブログなれど自らも肝に命じてブログを書きたいと思いました。しかし、マリコ・ポーロ、はじめにイメージ有りきだからにゃ~…。


冒頭は、
北条の支城ネットワークは本当に「ネットワーク」だったのか?

って?いきなり目からミツウロコ
👀





小田原にて開かれた講座「北条氏の城郭ネットワーク」を拝聴してまいりました。

講師は元神奈川県立歴史博物館で現在は小田原市文化財保護委員会委員である、鳥居和郎氏。主催は、「小田原北条の会」です。会は3年前に発足。皆さんお馴染みの北条研究者の方達の講演などを毎月精力的に催しています。


講演の最初は発掘調査研究の現状についてでした。こちらに関しては、私の聞き間違い・勘違いなどがあると申し訳ないので割愛。へ~、そういうものなんだ~! という感じでした。(←気になっちゃいますかね。)

そこで例としてお話しに出たのが、「手づくねかわらけ は威信財なのか?」ということでした。


鳥居氏はこのことを数年前に論文に書かれたそうですね。とても興味をひかれましたゆえ、終了後に城内図書館でコピーし拝読しました。それは次回に。こちらも…👀 ▲▲▲(横向き~)でした。

色々な見方があるのですねえ。


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~本城小田原は、百合が真っ盛り~


講演は、当然に史料中心になりました。

また、鳥居氏は、「なるべく客観的に話すようにするが、自分は文献史学の人間なので、その面からの話になってしまう。だから全てが合っているわけではない」との旨の前置きがありました。上の赤字のフレーズはその時に発せられた言葉です。


支城制の展開
1.伊豆(口伊豆・伊豆奥)2.相模(西・中・東・三浦・奥三保)3.武蔵、それぞれの領とそれを管轄する城についての、詳しい解説。

支城制というのは北条だけではなく、どの戦国大名もやっていたこと。北条は印判状制度でその機能をより発揮した。


城の維持や管理について

1.郷村に対する賦課
銭で払う役銭-段銭・懸銭・棟別銭と城米銭
肉体労働の夫役-大普請・陣夫・廻陣夫

役銭は、氏康の時に3種類(段銭・懸銭・棟別銭)に整理されたが、文書(相模原の田名への朱印状など)によるとその後も城米銭が使われている。これは、「追加」ではなく「名目」か?


ここでビビッ!ときたのが、「竹千代殿の御飯米」
~玉縄の城米銭を小田原へ持ってくるように。これは、「竹千代殿」のご飯米で使う。~

永禄8年9月3日の田名(玉縄領)への朱印状です。永禄8年に小田原にいた竹千代「殿」!? 家康では年齢が合いません。小田原にはたくさんの他家からの預かり人がいましたからねえ。


あ、いかん、いかん。「イメージを作ってしまうと怖い」でした。人質とは限りませんよね。

永禄8年。国府台が終わり、岩付から三楽斎殿を追い、氏康殿が関宿を攻めた頃ですね。この竹千代殿とは、どなたですか…?


2.職人に対する賦課
鍛冶・番匠・船番匠・大鋸引・石工など


3.家臣に対する賦課
役(普請)、人数着(軍役)、出銭(銭)

例えば、岩付の氏房さんが道祖土氏(さいと氏-正確な漢字がPCで出ません)へ、本城へ人足を出すようにとの朱印状があります(天正15.2.6)。


道祖土氏は岩付の有力国人で、現在も岩槻にお住まいの家だそうです。これは、支城主が、本城への人足を自身の領域の有力国人から出させるという指示書です。

(それにしても鳥居氏、終始、「国衆」という言葉はお使いになりませんな。ワテもワテの知人方にもそういう人多いですが。)


例の、六郎さん(佐野の氏忠)が、某城(前欠のためどこの城か不明だがたぶん本城小田原)での番衆についての指示内容にもあるように、何度も何度もどこへも同じ指示がされているということは、つまり、それが徹底されていないからだと。

そうか…。そういうことって、今も普通によくあることですよね。例えば「掃除をしろ」という文言についても、これだけ書かれているのだから、さぞや城は綺麗に掃除されていたのだろうと私は思っていましたが、違うかもしれないんですね。何度言っても(書いても)出来てないから、また言う(書く)ということか。

ってことは、けっこう汚れていたってことでっかね? 掃除しようよってね。


イメージをつくってはいけないね。多方面からみないとね。

そして、城への兵力配置の様子などを、主に朱印状を元に解説してくださいました。面白かった~。


史料からみる本城と支城

まとめです。
以上の私の書き方では伝わりにくくて申し訳ないですが、本日のポイントは、果たして北条の「城郭(支城)ネットワーク」というものは本当にあったのかということを様々な史料から検討したところです。


北条の特徴のひとつであるといわれる「支城ネットワーク」。講演のテーマが「北条の城郭ネットワーク」でしたから、私は、そのネットワークがどういうものだったかの話かとばかり思っていました。「そもそも論」からくるとは考えたこともなかったので、目からミツウロコが落ちたのです。

もちろん、「城郭」も「支城」も「ネットワーク」も当時は無かった言葉です。鳥居氏いわく、「実はネットワークという言葉の検証はされていない」「なんとなく使っている言葉」とのこと。


「ネットワーク」の意味を調べると、それは「相互」に働くものとなっています。しかし、本日参考とした史料からうかがうと、確かにそれは「相互」には働いていないです。

鳥居氏は、
‐ 史料をみる限り、双方向的なものではない
‐ 支城ネットワークというより、本城からの一方的な指示のよう


受講者からの質問「支城間での相互援助のようなものはあったのか?」に、
「たぶん、ない」。


そして、最後の天正18年の頃。
本城は支城の精鋭たちを本城に全部集結させ、仮に「支城ネットワーク」のようなものがあったとしても、それは完全に機能しなくなってしまった、と。

…無念なり  by マリコ・ポーロ


支城ネットワークについて、あらためて考えてみたいと思いました。

というところで、次回のブログ記事は、同じく鳥居和郎氏の論文より、「手づくねかわらけ は権威の象徴だったのか?」を。


玉縄城の会でも、江戸湾の北条水軍についての真鍋淳哉氏の興味深い講演があったのですが、なかなか書けないでいるんです。

それから、
↓ 「小田原北条の会」、次回の案内です。

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マリコ・ポーロ こと 萩真尼


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2019年4月 6日 (土)

4月~の小田原北条関係の企画展・講演会(2019)

by マリコ・ポーロ


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時々ふいに思い立って更新する、気になる北条関係の企画展・講演会情報です。あらたに情報が入ったら随時追加いたしまする。

北条関係は、マリコ・ポーロ ほぼ行けにゃい。皆さん楽しんできてくだされい。
(ノД`)・゜・


まずは最近ハマっております、興味深いセミナー連発の戎光祥さん。

▲ 戎光祥ヒストリカルセミナー
「北条を倒すのはオレだ!!~海と川をめぐる戦国大名の戦い~」

日時:4月20日(土)14:00~(17:30 閉場)
講師と講演:
①真鍋淳哉氏(『戦国江戸湾の海賊』、『三浦道寸』の著者)
~海をめぐる北条・関東上杉・三浦・里見の戦い~(仮)

 

②中根正人氏(『戦国時代の大名と国衆』内に論文収録)
~関東水陸交通の要衝・関宿城と国衆~(仮)

場 所:TKP新宿カンファレンスセンター

参加費:2,500円(税込)※資料代込
定 員:80名(先着順)
申 込:メールで先着順、4月19日(金)17時まで(定員に達し次第締め切り)

https://www.ebisukosyo.co.jp/page8.html


▲ 早雲公五百年忌記念シンポジウム「小田原北条氏とその城郭」

日 時:5月2日(木・祝)14時00分~17時30分
会 場:小田原市民会館大ホール

講 師:
春風亭昇太師匠、中井均氏、黒田基樹氏、萩原さちこ氏、諏訪間順氏

入場料:全席指定席
前売り券 2,000円(4月30日まで)
当日券  2,500円

前売券購入の方法と場所が色々あるようなので要チェックです。

http://hojosoun.com/2019/04/04/%ef%bc%9c%ef%bc%95%e6%9c%88%ef%bc%92%e6%97%a5%e5%8b%9f%e9%9b%86%e4%b8%ad%ef%bc%81%ef%bc%9e%e6%97%a9%e9%9b%b2%e5%85%ac%e4%ba%94%e7%99%be%e5%b9%b4%e5%bf%8c%e8%a8%98%e5%bf%b5%e3%82%b7%e3%83%b3%e3%83%9d/


▲ 企画展「戦国足立の三国志―宮城氏・舎人氏・武蔵千葉氏―」
足立区立郷土博物館

5月6日(祝)まで

北条氏照友から矢文をいただきました。かたじけない!北条関係の文書が多数出ているそうですよ!

(4/27 加筆
行って参りました。文書はほとんどが印判状…の写真。遠山さんのが多かったです。でも、宮城氏と舎人氏についてはまったく知らなかったのでチビット勉強にはなりました。お近くの方はどーぞ。。。重ね重ね、講演に行きたかったです。)

(講演)
①4月21日(日) 14時開始
「岩付太田氏とその家臣たち」
講師:新井浩文 氏(埼玉県立歴史と民俗の博物館学芸員)

②4月28日(日) 14時開始
「戦国時代の全体像と足立」
講師:久保田昌希 氏(駒沢大学教授・前副学長)

会場:足立区立郷土博物館 講堂
申込不要(定員先着80名)
参加費:無料

https://www.city.adachi.tokyo.jp/hakubutsukan/2019sengoku.html


▲ 講座「河越合戦と北条氏康」
日時:5月11日(土) 14:00~16:00
場所:小田原生涯学習けやき

講 師:板嶋恒明氏(歴史ライター)
申込先:北条五代百年その時会事務局へ電話
費 用:500円

https://www.campusodawara.jp/global-image/units/upfiles/2692-1-20190301144928.pdf


以下は小田原北条とは直接関係がないですが、皆様お馴染みの諸先生方の講演も盛りだくさん。「道灌びいき」の会に参加している身としては ひっじょーに!楽しみなり!😃

▲ 「 新田氏展」
群馬県立歴史博物館
4月27日(土)~6月16日(日)

超魅力的な連続講演会、鼎談、講演、見学会、ギャラリートークなどなど多数過ぎて書ききれないので、HPご参照の程。申込が必要なものがあります。

http://grekisi.pref.gunma.jp/kikaku.html


▲「“道灌以後”の戦国争乱 横浜・上原家文書にみる中世」
横浜市歴史博物館
6月15日 (土) ~2019年7月31日 (水)

(講演)
①6月29日(土)
「太田資正と関東の動乱」
新井浩文氏

②7月6日(土)
「葛西城の攻防と東京湾の戦国」
長塚孝氏

③7月13日(土)
「太田道灌の子孫たち」
黒田基樹氏

申込要
https://www.rekihaku.city.yokohama.jp/koudou/see/kikakuten/2019/doukan/


マリコ・ポーロ こと 萩真尼

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2018年12月25日 (火)

小田原北条▲講演会三昧(2018.12/2019.1)

マリコ・ポーロ


小田原陣図の秀次陣の件でコメントくださった方、ご返信させていただいたのですがアドレスが違うということで送信できませんでした。コメントありがとうございます。)


さて、
今に始まったことではありませんが、特にこのところ小田原北条に関する講演会が目白押し。それぞれが魅力的なので時間とパワーと財力(特に交通費)が許す限りは参加しておりますが、ひとつの講演会に行って、それをまとめきれないうちにまた次の講演会。なかなか随時アップできないでおります。以下にチビットづつのまとめの備忘。


また、まだまだ続く、これからの気になる講演会は文末に。


「武蔵大石氏と滝山城~関東の戦乱と大石氏の戦国領主化~」
講師:加藤哲(八王子市文化財保護審議会副会長)

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当ブログでも度々お名前を出させていただいておりますが、今、八王子の北条・氏照研究者としては第一人者の加藤哲氏。氏は市史の編纂にも携わってらっしゃいます。

その加藤先生が大石氏について講演をされました。毎度レジュメは冊子のように充実。


講演は鎌倉府の成立から始まります。そうか~、大石を知るにはそこからいかねばならぬのか~。

そして話は、永享の乱→享徳の乱→景春の乱、鎌倉幕府体制の崩壊、戦国領主としての大石氏の発展、大石氏の系統、そして長井氏の滅亡→小宮領の編入→由井領の形成、由井城のこと…等々々、もうビッチリ盛りだくさん。とっても面白くて、メモも取らず聞き入ってしまいました。


しかし、大石さんと享徳の乱前後と由井城は拙者ニガゆえ(全部やん)、また、大石や由井城については諸説あり、間違い勘違いがあると申し訳ないゆえここに御講演の内容を詳しく書くのはやめときまする。

ちょっと驚いたのは、元々の大石の本拠地は 所沢~柳瀬川流域 だということ。八王子だとばかり思っていました。え?そんなの皆さんご承知?だからワテよく知らないってばさってばさ。峰岸先生の講演でも何度も伺っているのに申し訳ないことでございます。


しかし、それで ピン  ときました。

以前、柏の城と浄牧院と滝の城に伝わる、我が北条氏照にまつわる女のことを、第2の女だ第3の女だとブログに書きました。およそ女人に興味がなさそうな我が氏照に女の影が何人もあるのが腑に落ちませんでした。それも、その女達の影は柳瀬川流域に広がっている。

彼女たちって別人ではなく、全て正室であった大石の娘比佐さんのことなのでしょう。お墓が複数あるというささやかな疑問は残りますが、当時は2つ3つお墓や供養塔があるのは不思議ではありません。


「戦国の商業と北条氏照」
講師:徳永裕之(早稲田大学教育総合研究所外部研究員)

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徳永氏も、同じく八王子市史編纂委員です。

つい先日、小田原で小野先生の戦国時代の北条の城下町についての講演を拝聴したばからでしたので、興味の真っただ中での徳永氏の講演となりました。


氏照の城下町形成と商業政策という、史料が少ない中でも、浄福寺、滝山、栗橋、そして八王子…と、城下町整備を連続してとらえることで興味深い話をたくさん伺えました。栗橋ときましたよ。栗橋のことは失念しておりましたが、もしかしたら、たぶん、氏照は八王子より栗橋方面にいた方が長かったかもしれませんものね。

城下町といっても戦国時代でいうところの城下町は、江戸時代の城下町とは違う機能の城下町だということも良く分かりました。2時間たっぷりでした。


また、城下町だけではなく、関戸宿・当麻宿などの、宿の、「問屋」「問丸」や、氏照入部以前の八王子の商業形態についても、文書を元に解説がありました。たくさんの研究者の方の講演を拝聴しておりますが、こたびは初めて聞く話が多かったです。


「北条氏康の子供たち」
講師:浅倉直美氏

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本拠地小田原の天守閣の映像をはじめとして、よく最後の華々しく滅びてゆくところが強調されるが、それは最後のたった数年のことで、その領国は武田・上杉の比ではない。ここのところを小田原の人はしっかりと覚えておいてほしい。

by 浅倉先生(僭越ながら要約)


一昨年発売された、『北条氏康の子供たち』の、早川殿・氏規・氏邦・新九郎(早世した氏康長男)についての内容に即した内容でした。

本では浅倉氏ではない研究者の方が書かれた項目もあったので、浅倉先生はどうお考えなのか、超最新の研究はどうなのか等々再確認したいこともあったので、とても興味深かったです。


ほかに以下…

▲ 馬の博物館に出ていた例の謎の北条少年像(文末に添付)についての、浅倉氏の素敵な仮説

肖像画の時代は、様々な検証から戦国期(ほぼ永禄期)で合っている。当時の誰かが描かせたと思われる。それは、瑞渓院ではないか。

氏康の肖像は、氏康死去後すぐに描かれたもの。その時は、ちょうど長男新九郎の17回忌にあたる。瑞渓院が、夫の肖像を元に早世した息子の肖像も描かせたのではないだろうか…。

肖像はたいがい年をとってから描かせるもので、若い人の肖像は少ない。あっても、もっと勇ましいもので、こういう悲しげな表情のものは無い、と。


新九郎くん(氏親?)については、本当に史料がないですよね。お墓も早雲寺でしたが、秀吉に焼かれてしまったから現存していません。残念です。

時々考えることがあります。

はたして生きて当主になっていたら、今の(今のか?)最強バディ氏政・氏照ペアはどうなっていただろうか…。代わって、新九郎(氏親?)・氏政ペアになっていたのだろうか…。それとも、新九郎・政・照の超強力トリオを形成したのだろうか…。だったら、当主の新九郎くんは秀吉の元へ出仕しただろうか。


考えてもせん無いことでありますが…。


▲ 寿桂尼の印判「帰」について。

今川に嫁ぐ時に父親が持たせたもので、「とつぐ」と読む…と言われているが、違うと思うとのこと。


やっぱりそうですか。「とつぐ」は妙だな~と、皆さん思っていましたよね~。来年は「今川義元生誕500年」で様々なイベントや刊行物が出るので、「帰」についてはそこで近々書かかれるそうです。 楽しみ!早く読みたいです。


これからの気になる講演会・企画展たくさん!

▲ 企画展「越山―上杉謙信侵攻と関東の城―」
嵐山史跡の博物館にて、2月17日(日)まで。

小和田先生の講演の締切もまだですよん。

HP→http://www.ranzan-shiseki.spec.ed.jp/?page_id=355


▲ シンポジウム
『武田信玄襲来!!-三国同盟崩壊と韮山城をめぐる攻防-』

謙信君の越山ときたら、信玄殿の侵攻ですな。見よ!この「ゴジラ」みたいなスペクタクルなタイトルを!


日時:2019年2月9日(土) 13:00~16:30
会場:韮山文化センター(韮山時代劇場) 

(講演)
・「群雄激突!永禄12年の世界」竹井英文
・「信玄襲来に備えた北条氏の城-東駿河・北伊豆を中心に」望月保宏(静岡古城研究会)

(シンポジウム)
司会: 齋藤慎一
パネラー:竹井英文 望月保宏 萩原さちこ(城郭ライター)

申し込み不要先着順、参加費無料(資料集300円程度)

伊豆の国市のHPで見当たらなかったので、シンポジウムのパネラー萩原さちこさんのHPをリンクさせていただきます。今年の夏に江戸川図書館での城講座に参加したのですが、とても話が分かり易く面白かったですよ。

シンポジウムのページ
https://46meg.com/blog/2018/12/13/%e3%82%b7%e3%83%b3%e3%83%9d%e3%82%b8%e3%82%a6%e3%83%a0%e3%80%8c%e6%ad%a6%e7%94%b0%e4%bf%a1%e7%8e%84%e8%a5%b2%e6%9d%a5%ef%bc%81%ef%bc%81%ef%bc%8d%e4%b8%89%e5%9b%bd%e5%90%8c%e7%9b%9f%e5%b4%a9%e5%a3%8a/


▲ キャンパス小田原「郷土史から見た日本の歴史Ⅵ」
~早雲庵宗瑞のすべて~

講師:おだわらではお馴染みの石井啓文
日程: 1/24、2/21、3/21

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キャンパス小田原のHP(PDF)
https://www.campusodawara.jp/global-data/20181214095929775.pdf

3回連続ですが、1回参加もできます。


北条とは関係ないですがこちらも気になる

▲ 新春お城びより
講演「江戸と江戸城の移りかわり」


3回目となる東京国際フォーラム開館記念事業「J-CULTURE FEST」は、お正月に様々なイベントが催されています。「新春お城びより」では、道灌びいきの会でお世話になっている太田氏の講演もあります。

ちょうど2日と3日に放映される公共放送のお正月ドラマは「家康江戸を建てる」。面白そうで楽しみではありますが、家康以前の江戸はなんもなくて酷い有様だった…みたいなことになるでしょう。太田さん、そんなことはないと是非お話しくだされませ。


日時:2019年1月6日(日) 14:00~16:00
講師:太田資暁(太田道灌第18代子孫)、堀口茉純(お江戸歴史作家)

要申し込みです。HP→https://j-cf.jp/2019/oshiro/


▲ シンポジウム「中世都市鎌倉と武蔵」
主催…河越館の会・中世を歩く会

日時:2019年1月26日(土)
会場:埼玉県川越市やまぶき会館ホール

(内容)
・「鎌倉の武家屋敷と河越館」
高橋慎一朗(東京大学)
・「鎌倉時代の武蔵武士と交流-河越氏を中心として」
落合義明(大東文化大学)

・「鎌倉時代の中世瓦から探る地域の繋がり -武蔵国を中心とするモノの流通・ヒトの交流の一様相-」
石川安司(ときがわ町教育委員会)
・「東西の王権とかわらけ」
田中信(川越市立博物館)
・「社会史研究をめぐって」
酒井紀美(元茨城大学・川越市文化財保護審議会委員)

・パネルディスカッション 
コーディネーター:
宮瀧交二(大東文化大学)
浅野晴樹(國學院大學)

入場無料、資料代は1000円。
河越館の会HP→http://kawagoeyakata.blogspot.com/2018/11/blog-post_9.html


オマケの「お城EXPO」

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小田原のブースで人生初のガチャ。大当たり~~カランカランカラン。大ウケ。大当たりは天守閣の入場券付きでした。小田原に行った時にはこのバッジをつけて歩きます。え、マジで?


萩真尼ことマリコ・ポーロ


「「柏の城」 北条氏照、第3の内室の最後」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/ewi.html

『北条氏康の子供たち』のこと→「一枚岩じゃなかった、北条氏康の子供たち」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2015/12/post-9391.html
謎の北条少年像のこと→「「馬をめでる武将たち展」 馬の博物館(2017年)」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2017/11/post-3b49.html

「シンポジウム「戦国都市小田原の風景」 2018.11」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2018/11/201811-ac41.html

「寿桂尼と今川氏展」 島田市博物館(2017)」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2017/11/2017-29ad.html
「花蔵の乱~寿桂尼は恵探を擁立しようとしていた!?」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2017/11/post-9c3d.html

画像は全てマリコ・ポーロが撮影しました。コメント欄をもうけております。公開させていただいてはおりませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。

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2018年11月20日 (火)

シンポジウム「戦国都市小田原の風景」 2018.11

マリコ・ポーロ


その前に…

恒例となったクリスマス行事?「お城EXPO」が 12/22~24 に開催されます。北条関係では以下のプログラムがあります。

・23日15:00~16:00 
 佐々木健策・諏訪間順 両氏によるセミナー
 「小田原北条の城を語る」
・24日13:00~14:30 
 諏訪間順、平山優 両氏による厳選プログラム
 「戦国大名の生き残り戦略ー小田原北条氏と武田氏の城から考えるー」

今までで一番面白そう。行けないですが…


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~12月24日まで~


▲鎌倉での玉縄北条の講演会 ▲氏綱の八幡宮再建(氏綱奉納の太刀&氏康建立の大鳥居跡)に続けて、▲玉縄北条綱成に嫁いだ氏綱の娘大頂院のことを書き、「鎌倉トリロジー三つ鱗」にしようと目論んでおりました。しかし、先日の小田原での講演会がとても面白かったので、忘れないうちに自分の備忘も兼ねてそちらの方を先に。


「北条早雲公顕彰五百年事業」たけなわ?の今日この頃。サル11月10日、小田原城天守閣特別展「小田原開府五百年~北条氏綱から続くあゆみ~」の関連行事として催されたシンポジウム「戦国都市小田原の風景」を拝聴しました。


午前中は、特別展を観に天守閣へ

企画展にしてもドラマにしても、早雲こと宗瑞や氏康、または天正18年の氏政さんをメインに据えることが多いですが、さすが本城小田原。こたびの五百年事業では我ら北条ファンがもっともリスペクトする二代北条氏綱公をメインにしてくれています。嬉しいねえ。

(注) 目玉の氏綱公の鞍は3階に展示されています。回廊になっているところではありもはん。


午後は本題のシンポジウムへ

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~アサクラってる表紙。小田原市内の遺跡分布図も折り込みでたくさん付いて論文集のような内容。~


シンポジウム前半の特別講演は、小野正敏先生。その後は、小田原の発掘現場ではお馴染みの土屋氏(小田原市)・太田氏&小山氏(玉川文化財研究所)により、度々見学会も行われた発掘調査の興味深い事例報告3件が続きました。

ここ数年小田原の町をウロチョロしていると、あちらこちらで発掘調査をしている光景に出くわしますよね。これらの城下町の発掘調査は、小田原が当初から山の下にも政治の中心があったことの証明にもなってきています。


さて、小野先生の講演のテーマは、「小田原と東国の戦国城下町」。今年1月の同じく小田原での講演「戦国大名と京都-小田原北条氏にみる権威の演出」と同様、KK(客観的辛口)で、とても面白かったです。

下記、知らなかったこと(私が)やビビッときたことを備忘。


お話は、
・領国の首都としての小田原
・他国から小田原はどう見られていたのか
・小田原を首都というなら他はどうなのか
・小田原は首都といえるか
・守護大名と違う小田原北条の町づくり

などなどの視点から進みました。


「開府」について

上にも書きましたが、今年から来年にかけて小田原は「小田原開府五百年~北条氏綱から続くあゆみ~」と銘打ち様々な顕彰やイベントを行っています。

思っていたんですよね~実は。小田原は幕府を開いていたわけでもないし、府中でもなのに、「開府」といえるのかな…?って。それが、払拭されました。

書いてあったのですね!「府中」と。東嶺智旺の書状に。「到 府中 小田原…」。他国からも中央からも、府中と認められていたのですわ。すっかり忘れていました(覚えてないとも言える )。大変、失礼いたしました。


毛利家文庫の「小田原陣仕寄陣取図」

絵のほかに、細かく漢字や仮名文字で色々と書き込んでありますよね。すでに皆さんは解読してらっしゃると存じますが、私には意味が分からない箇所がたくさんあります。それがいくつか判明しました。


・「町中此内下京ほとあるべく候」=京都の下京ほど家々がある

下京って、京都の下京のことだったのですか。←今更(恥)


・「此内家かすしらす候」=家の数がどれほどたくさん~

カスシラス?籠城食として家々が、カスのシラスを干していたのかと思ってた…ってこともないですが、なんじゃこりゃ?でしたわ。


・「小田原市場」=小田原宿

西国では「宿」のことを「市場」と呼ぶのだそうですね。小田原城下町マルシェ が開かれているのかと思っていました。陣図は西国の毛利が作成したものです。なるへそ~ね。


「総構」は小田原が初めてではない

(信長の焼き討ち後の)元亀4年の信長の書状に、「総構は下京にならうべきこと」とあるんですって?すでに「総構」と呼ばれていたんですね(1983高橋氏)。

ご存知と思いますが、北条は自ら「総構」と呼んだことはありません。スケールの大きさは違えど、京都では早くからあったから、西国人は小田原を見た時に総構と呼んだのですね。スケースの大きさは違えどね。


グリッド(方形地割り)の町

佐々木健策氏のご研究に、小田原はグリッド状の町並が形成されていたとあります。それは今回報告された城下町の発掘事例からも可能性が益々高まりました。


武田館の城下町形成などを例として、下剋上の小田原は、京や名門の守護大名が造るグリッド状の町に憧れた、と小野先生。

そうかもしれない…と思いながらも、政権が安定したら造る町並みは方形にするのが一般的ではないかしらねえとも思いました。でもまあ、北条家もそのようにしたかったのかもしれないかもしれなかったのでしょうな。


もちろん、その後の小田原北条は何代も続き関東の名門となります。黒田基樹氏がおっしゃるように、他の守護大名のほとんどは一代で終わりましたが。

と、ちょっと言いたいマリコ・ポーロ。


鉢形城下と滝山城下

つまり、城下町を先の領主から受け継ぐ場合と、新たに造る場合の差について。


信仰する薬師如来を、城下の8ヶ所(9ヶ所)の境界に置いた氏邦。それは鉢形のランドマークともなる。一方、氏照は街道に沿った3口をそれとしただけ(信玄侵攻時、3口を守れとの文書から)。新たに城を造ると「この程度」しか出来ないと。

滝山城下の場合は平地が広がっておらず、川と山に挟まれたところに街道があるので立地の問題があるとは思います。というか、滝山も先時代から受け継いだ城下町ではなかったでしったっけか?


余談ですが、氏邦の薬師如来信仰については、今年1月の小田原でのシンポジウム「小田原北条氏の絆」で関東管領?浅野晴樹先生が朝倉直美氏の研究を紹介しお話しされていました。

氏邦の生年が十二神将の申神像(薬師)のことから判明し、氏邦が氏規より年下だという林宏一氏のあの報告のことです。浅倉氏は、『北条氏康の子供たち』でもお書きになっていましたね。


他国と比べての小田原のインフラ整備の速さ(例えば小田原用水)

他国と比べても小田原北条のシステマティックな町づくりは、とても早い!それだけ早く大都市化していったと言えると、お褒めの言葉をいただきました~。

よしっ ←?


そして、私のある疑問も解決、かいけつゾロ!

それは、今川氏真一行の早川の難民キャンプのこと

以前ブログで氏真とその室(氏康娘)の早川殿のことに触れた時、「早川は北条の重鎮中の重鎮の幻庵の所領。幻庵は、出戻った女人や避難してきた武家の後見をしていたから、氏真一行を早川に置いたのだろう…」みたいに書きました。

一応書いてはみたものの、城内に置いてもいいのにな~と、もひとつ腑に落ちないでいました。


「城下」とは家臣が住むところなんですってね。目上や対等の者の屋敷は城下には置かないものだそうですね。あ、皆様ご存知で…。だから、今川の御当主一行を城下に住まわせるわけにいかなかったのですねえ。

これは佐々木健策氏の書かれたものにあるそうですが、知りませんでしたよぉ。なーるへそ~。目からミツウロコ。







あれ?では小笠原さんは?小笠原さんはもう客分ではなく家臣ってことで、城下住まいでいいのかにゃ?

というところで、マリコ・ポーロ時間がなくなり後半のシンポジウムを前にしてあえなく撤退。シンポジウムは30分強位の時間だったと思うのですが、どんな話が出たのかな~。残念。


萩真尼 こと マリコ・ポーロ

天守閣特別展「小田原開府五百年~北条氏綱から続くあゆみ~」HP→https://odawaracastle.com/news/kaifu500.html

「シンポジウム「小田原北条氏の絆」 2018.1」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2018/01/post-4e55.html
「小田原攻め、松平文庫の「小田原陣図」」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2014/10/post-2808.html


画像は全てマリコ・ポーロが撮影しました。コメント欄をもうけております。公開させていただいてはおりませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。

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2018年9月18日 (火)

玉縄主催セミナー 「まだナゾだらけ戦国時代の鎌倉」

マリコ・ポーロ


その前に、朗報です  

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今、鎌倉国宝館にて「国宝 鶴岡八幡宮 古神宝」展が開かれていますね(パンフ)。我らが北条氏綱が八幡宮に奉納した相州綱広の太刀(重文)が出ることはないか伺ったところ、本企画では出ませんが…


次の企画展に、出るそうです
10月20日からの「開館90周年記念」に!

わーい\(^o^)/ 楽しみですね。3口とも出るのかしら?


(加筆:
観てきました!→「北条氏綱が鶴岡八幡宮へ奉納した太刀」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/post-6e31.html


さてさて本題でござる。

 

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鎌倉武家文化普及啓発事業として、玉縄城址まちづくり会議主催の歴史セミナー「戦国時代の鎌倉、その検証と発見」の三回目を拝聴しました。今回のテーマは、「まだナゾだらけ戦国時代の鎌倉」。


ほんとうにナゾだらけですよね~。

レジュメの表紙にも、玉縄城址まちづくり会議会長がこのようにお書きになっています。
「私たちは意外に鎌倉の歴史が分かっていない。それも頼朝三代以降の鎌倉から鎌倉の歴史が分からなくなるのではありませんか。なぜか?その一つは戦国時代の鎌倉の主人公だった後北条氏のことが伝えられてなかったからです。」


まさに~

 

鎌倉で神社仏閣の御由緒書や御縁起を読んでも、源氏三代 → 前の北条さん → 足利さんときて → 一気に徳川さんのこととなり、後の北条(小田原北条)に触れられていることはほとんど、いや、まず無いですものねえ。(それを言ったら鎌倉公方のこともあまり書かれていないか。)


肝心の鶴岡八幡宮の「御由緒」や「歴史」には、頼朝殿がお祀りしたことから → 一気に、江戸幕府が現在の社殿を造営したと書いていて、後北条の氏綱が再建したことなぞ、ひとっことも触れられていません。

 

どれだけハショルんや~!源氏以外は関係ないのか~っ!

 

と、知った風な口で嘆いておる私も、小田原北条に興味を持つまではまったく存じませんでした。鎌倉市にあんな大きな城跡があることも、それが小田原北条の城だということも、綱成という人も知らんかった…


では、セミナーでの記憶しているところだけ、以下に。

 

▲最初は古武道の演武

上泉伊勢守が、小田原北条の剣術指南だと紹介されていました。知りませんでした。ほんとですか?


上泉信綱は海道龍一朗氏の御本で読みました。小説の主人公としてとてもチャーミング武人で、いっときカブレましたが、史実ではよく分かっていない人なのだと思っていました。

▲まずは、我らが館長、諏訪間順氏
テーマ「小田原北条氏と小田原城」

 

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分かりやすかったです手(チョキ)。後の北条をよくご存知ない鎌倉の方達にも良かったのではと思いました。

 

冒頭、「皆さんは小田原北条をどう認識してらっしゃいますか?ちょっと、おバカっちょ?」

 

新陰流の演武で張りつめていた空気が和らぎました。これで、つかみはOKだべ。諏訪間さん、おバカっちょって…小田原弁で?

 

 

▲二番手は伊東潤氏
テーマ「伊勢宗瑞と小田原北条」

 

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伊東さんの考える宗瑞の長所短所などの分析。ご自身の著作の分析など。

 

レジュメには、
~(北条が最後を迎えた時) 天の宗瑞は、きっと、「これでいいのだ」と言っていた気がする。~
と。小説家さんですねえ。

 

 

▲シンポジウム
お馴染みの諸先生方、伊藤一美氏(歴史学者)、玉林美男氏(鎌倉市考古)、大竹正芳氏(城郭史学者)が参戦!

 

また、会場には宇都洋平(藤沢市郷土歴史課考古学者)氏や赤星直忠氏もいらっしゃっていました。


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(大竹氏)
ここでやっと玉縄城の話が出ました。主郭の周辺の話で、○○さんちの脇とか○○店の前とかとかに残る遺構や文献からの、地元通の話が細かく面白いです。


当ブログを読んでくださっている皆様はとうにご承知かと思いますが、宗瑞・氏時時代の防御拠点の中心だった二伝寺周辺の話に興味が湧きました。公園に残っている窪みが旧道だそうですね。

 

玉縄城というのは、典型的な戦国時代の山城であり、宗瑞・氏時時代、綱成時代、氏繁・氏勝時代、それぞれ違う姿をしていたと思われるとのこと。敵が当初と後半では変わっていますものね。


よく女学校が出来てしまい残念という声がありますが、女学校が出来て良かったのではないでしょうか。だって、学校がなければガンガン宅地開発されて、今頃は全ての遺構は個人のおうちの下に…ではなかったのかなあ。

 

 

(玉林氏)
戦国時代の鎌倉の話がやっと出ました。

 

鎌倉の主の長期鎌倉不在により、鎌倉府に集まっていた年貢や貢納物が、それぞれの武士の拠点(城)への集積へと変化していったというお話が面白かったです。そうか、そういう風に分析していくのかと勉強になりました。


それから、玉林氏は御用米曲輪を初めて見た時、 「あ、これは中国の庭園だ」と思われたそうです。敷石遺構は、 「グスクに似ている」と。

 

へえ~~
玄宗皇帝が楊貴妃のために造営した離宮の華清池みたいな感じですかね?そう言われると、すぐ、そうだ!と思ってしまうマリコ・ポーロ。


いや、つまり玉林氏がおっしゃるには、小田原北条はそれだけ海外と交流があり、また京都の出であることからも、先進的なものをどんどん取り入れていた…ということ。

 

オッホッホッ

 

 

中でも、玉林氏が触れた 荏柄要害についての話にビッ!としました。もっと聞きたいと思っていたら、伊東潤さんが質問してくださり、大竹氏が説明してくださいました。

 

これはとても興味深いお話です。荏柄の要害を発見したのは玉林氏ですが調査したのは大竹氏だそうですね。荏柄天の裏山には、台形状の削平地や堀などが残っているそうな(立入不可)。

 

荏柄天あたりはよくウロチョロしますが、知りませんでした。ミーハーだから、聞くとすぐまた行ってみたくなる マリコ・ポーロ。

 

 

(伊東一美氏)
本日ホストでらしたので発表はありませんでしたが、レジュメに鶴岡八幡宮再建について面白い話がたくさん書かれていました。

 

他にも以前八王子城の歴史師匠からいただいた資料もありますので、追々ブログで紹介させていただきたいと思います。


というか、「戦国時代の鎌倉」がテーマだから、こういう話をもっと聞きたかったです。八幡宮や、鎌倉公方や、里見との海戦や青岳尼の話も出るかと思っていましたが、時間が足りないか。


また、今日の玉縄の講演&シンポジウムで、小田原北条の城の、両側に側溝がある道路遺構の話が出ました。私なぞは「スゴイ!」と感激しちゃいますが、鎌倉時代のそれこそ凄い遺構が家々の下に嫌になるほどあると知っている鎌倉人の聴衆の方々がどう思ったかと考えると…ちょっとゴニョってね。


レジュメには各講師の方々の他にも、鎌倉の阿部能久氏や、会場にいらしていた宇都洋平氏が寄稿。玉林氏の玉縄北条の新年表と大竹氏作図の「玉縄城の総構図」などもあり、読みでがありました。帰りの電車で熟読してしまった。

 

とても楽しかったです。ありがとうございました。


 第6回 玉縄城主墓前祭

 

日時:2018年10月20日(土) 9時半~
場所:龍寳寺本堂


10月も毎年恒例のイベント行事が目白押しですが、ちょっと面白そうなものを3つ鱗。

 

▲ 「古民家で学ぶ下堀と北條幻庵」
日にち:10月3日(水)
場 所:小田原(鴨宮の古民家飯田家)

 

幻庵ゆかりの一節切の演奏と、下堀城ともいわれた幻庵の領地下堀についてのお話しを聞く催しです。

 

申し込み:キャンパスおだわら →https://www.campusodawara.jp/kouza/


▲ 講演 「武蔵大石氏と滝山城~関東の戦乱と大石氏の戦国領主化」
主 催:NPO法人滝山城跡群・自然と歴史を守る会

 

日にち:10月8日(月・祝)
場 所:八王子市加住市民センター(滝山城そば)

 

講 師:加藤哲氏

 

申し込み不要(先着順)→http://takiyamajo.com/html/events.php


▲ 「川越城の上で川越城の話をしよう!」
日にち: 10月28日(日)
場 所:川越市博物館

 

講 師:浅野晴樹先生です!

 

申し込み不要、先着順。
主催は河越館の会→http://kawagoeyakata.blogspot.com/2018/09/blog-post_39.html


萩真尼 こと マリコ・ポーロ


以前の玉縄関係のブログ記事の一部です。

 

「玉縄城の歴代城主の法要が営まれました」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-0e25.html

 

「玉縄城-1 現代の難攻不落の城へ」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-170d.html
「玉縄城-2 現代の難攻不落の城」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-77e4.html
「玉縄城-3 現代の難攻不落の城」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-0e19.html

 

「北条早雲が開基した大船(鎌倉)のお寺」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2017/04/post-64df.html
「北条早雲が焼いた鎌倉の寺々」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-6e83.html

 

「「真剣」 新陰流を創った男 by 海道龍一朗」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/by-d541.html

 

「前編~玉縄の北条為昌&氏綱ご正室・養珠院の謎」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-47de.html
「後編~」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-2d95.html

 

画像は全てマリコ・ポーロが撮影しました。コメント欄をもうけております。公開させていただいてはおりませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。

 

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2018年8月24日 (金)

「太田道灌の軍旗」 埼玉県立歴史と民族の博物館

マリコ・ポーロ


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~もんじろう君が展示の見方のアドバイスをくれる~


その前に。
北条綱成(つなしげ)のパパ伊勢(櫛間)九郎 が、宗瑞の息子、つまり氏綱の腹違いの弟だということはないだろうか…。

「伊勢」という名字をもらうということが不思議でした。また、「北条五代の娘たち」を書いていて、氏綱が本来なら有力他家に嫁がせるであろうところの娘を綱成に与えたことも、ずっと腑に落ちませんでした。

6月に出た『戦国北条家一族事典』黒田基樹著 を読みフト思い付いたことですが、もし綱成が氏綱の甥なら腑に落ちます。最初からの綱成の特別扱いも、浅倉が娘を伊勢九郎殿に嫁がせたことも納得です。なんの根拠もない妄想ですが…


さて、本題。

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~展示資料として「翻刻集」
もいただける。~


「道灌びいき」の会でご教授いただいている、太田道灌研究の尾崎孝先生のブログで、開催中の企画展「古文書大公開!みる・よむ・しらべる埼玉」にて
道灌の軍旗 が公開されていることを知りました。


道灌の軍旗とは、日輪と鏑矢のアレです。

軍旗の中央あたりの数か所に、血が付いていました。
テンテンテン…


この軍旗のことは、「太田家譜」にあるそうで、現在は太田資正子孫ゆかりの大阪「専宗寺」が持っているそうです。

写真は撮れませんが、尾崎先生のブログ「道灌紀行は限りなく」に写真や詳しいことが書かれています。→http://blog.doukan.jp/article/184203921.html


展示の文書類も盛りだくさんでした!

尊氏様・直義さん・師直殿、関東公方・古河公方、関東管領上杉、太田、長尾景仲、小田原北条(氏照や氏邦や氏房達もたっくさん!)。一日中いられます!


近世文書もありましたが鎌倉と戦国だけにドップリと浸り、氏邦の朱印をペッタンして帰りました。

展示のカテゴリー分けもわかり易く、説明も面白く、超々々オススメ!9月2日まで。


「講演 「太田道灌と豊島一族」at 日比谷図書文化館」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post-ec38.html
「太田道灌vs豊島一族の「江古田原古戦場」」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/vs-c7d7.html
「道灌伝説の「山吹の里」を歩く」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2015/04/post-f2fa.html
「「岩槻城」 道灌の会で実地見聞?」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-2769.html
「豊島氏の「練馬城」を歩く」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2016/04/post-33ee.html
「非公開 「英勝院」の御廟内部~鎌倉」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2017/10/post-5d11.html


萩真尼 こと マリコ・ポーロ

画像は全てマリコ・ポーロが撮影しました。コメント欄をもうけております。公開させていただいてはおりませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。

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2018年2月11日 (日)

金沢文庫「運慶」展と、2月以降の気になる企画展・講演会(2018)

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~冬枯れの称名寺。静謐…。~


金沢文庫「運慶」鎌倉幕府と霊験伝説
会期: 1/13(土)~3/11(日)

平日なのに、いつも森閑とした金沢文庫もたくさんの人でした。さすが、運慶。


文庫の運慶展の開催主旨のことはよく知らないで参ったのですが、先日の東博との関連開催でありながらも、東博とは違い、東国の運慶とその工房ゆかりの仏像の展示と鎌倉幕府との関係を中心としたのだそうです。とても興味深い仏様が勢揃いで、皆さん説明をじっくり読んでらっしゃいました。

皆さんはご存知と思いますが、仏像の胎内などに「運慶」とサインがあっても、運慶自身が彫ったのではなく 、運慶工房が彫ったものが多いそうですね。胎内サインがあれば自作かと思っていました。知らなんだ。


壮観だったのは、ズラリと居並んだ曹源寺(横須賀)の十二神将。そして私のツボは、昨年「かんなみ仏の里美術館」で拝んだ実慶の勢至菩薩と、保寧寺(埼玉北東部)の宗慶の三尊像が並んで展示されている一角と、来館されていた修禅寺のお坊さん(お坊さんフェチゆえ)です。


お昼は文庫&称名寺に来ると恒例、参道の「ふみくら茶屋」。私たちは峰岸先生はじめ総勢20名弱だったので食事が出てくるまでにかなり時間があり、それが幸いして、別室にて西岡学芸部長さんから、禅律のことや『吾妻鏡』やモッチー(持氏)、称名寺の猿楽などのお話を伺うことができました。

「ふみくら茶屋」のご主人は称名寺の寺侍浅葉家のご子孫だそうで、職業は変われどもう何百年もこの地で暮らしてらっしゃるのですねえ。なんだか、近江葛川明王院の鬼家を思い出してしまいました。


金沢文庫や称名寺を訪ねたり鎌倉を歩いたりすると、小田原北条ではなく前の北条に凝ればよかった…な~んて思ってしまう。一瞬。


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~称名寺境内の金堂・釈迦堂・鐘楼の背後、金沢三山と呼ばれる頂から金沢八景の海を眺めるの図(同行の同好の志が撮った写真です)。

https://www.planet.pref.kanagawa.jp/city/bunko/tenji.html


2月以降の気になる企画展・講演会

矢文・投げ文、そして付け文…は、ない をいただきました。2月からは、チョイト渋い講演会や企画展が続きますな。

国立公文書館の太田道灌と、群馬県立博物館が特に楽しみです!


▲ 津久井城 考古学調査第6回
相模原市立博物館

講 師:佐々木健策氏
日にち:2月25日(日)

http://sagamiharacitymuseum.jp/blog/event/%E7%9B%B8%E6%A8%A1%E5%8E%9F%E5%B8%82%E7%AB%8B%E5%8D%9A%E7%89%A9%E9%A4%A8%E8%80%83%E5%8F%A4%E5%AD%A6%E8%AC%9B%E5%BA%A7-%E6%88%A6%E5%9B%BD%E6%99%82%E4%BB%A3%E3%81%AE%E5%B1%B1%E5%9F%8E%E3%80%80%E6%B4%A5/


▲ 「太田道灌と江戸」
会 期:1月13日(土)~3月10日(土)
場 所:国立公文書館

ギャラリートーク:次は2月21日(水)14:00~
http://www.archives.go.jp/exhibition/


▲ 鎌倉歴史文化交流館 発掘調査速報展

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~坂東の戦国ファンはビビッとくる扇谷にあり、ロケーションも素晴らしい!~

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~交流館の、前回の第1回目になる企画展は「甦る永福寺展」。大変興味深かった。~


第2回目の企画展は「鎌倉の構造と境界、若宮大路周辺遺跡群・大倉幕府周辺遺跡群」。

会期:2018年1月4日(木)~3月17日(土)

「今回の速報展では、「鎌倉の構造と境界」をテーマに、平成28年度に実施した発掘調査のなかから、若宮大路周辺遺跡群(小町一丁目343番2地点、および大町一丁目1084番1・1085番1地点)と、大倉幕府周辺遺跡群(二階堂12番8地点)について、出土した遺物と関連資料により紹介いたします。」
だそうです。

学芸員による列品解説(ギャラリートーク): 毎週土曜日11:00から
https://www.city.kamakura.kanagawa.jp/rekibun/sokuhou2018-1.html


▲ 講演会「第1回 高麗郡中世歴史講演会」

東国を舞台に活躍した中世武士団 はたして高麗郡にも…」
と。

講師:櫻井 彦氏(宮内庁書陵部)
日 時: 3月24日(土)1:30~4:20
場 所:
日高市生涯学習センター

要申し込み
http://komagun.jp/2017/1218/7098


▲「信長と上野国」
会 期:3月17日~5月13日
場 所:群馬県立歴史博物館

「神流川古戦場や名勝楽山園など、織田氏とのかかわりが深い群馬。天下統一の礎を築いた織田信長と群馬・東国のダイナミックな歴史に迫ります。」
だそうです。


(様々な関連行事の中で特に気になるもの)
・4月22日(日)リレー講座「滝川一益が入った城―厩橋城・箕輪城の発掘調査から―」
・4月29日(日)リレー講座「史料と地形・史跡・伝承からみた神流川合戦」
・5月6日(日)シンポジウム「中世の北関東と京都―織田信長と北関東―」

要予約
詳細→http://grekisi.pref.gunma.jp/95exhibition.html


▲ 日本城郭史学会大会「海城・水城」 
日 時:4月28日(土)大会 13:00~17:30

会 場:板橋区立志村グリーンカレッジホール

内容:
- 発 表① 総論「海城・水城の諸形態」
西ヶ谷 恭弘 代表
- 発 表② 北条・里見水軍の戦と江戸湾の築城
真鍋 淳哉 氏(青山学院大学講師)
- 発 表③ 村上水軍の活躍と築城
大上 幹広 氏(今治市村上水軍博物館学芸員)
- 表④ 九州の水軍とその活動・築城(仮)
鹿毛 敏夫 氏(名古屋学院大学教授)

要申し込み
https://castle-history.jp/news/event201804/


▲ 玉縄城址まちづくり会議

こちらもHPにはまだのようですが、5月~7月に鎌倉や藤沢の戦国時代についての講演会・シンポジウムがあるそうです。こちらも楽しみでございもす!


「瀬戸神社展と金沢文庫」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post.html
「信仰の里~中伊豆かんなみ「仏の里美術館」」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2016/08/post-0862.html
「早雲・秀吉の兵火に耐えた五体の運慶仏」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-a414.html

「神流川の戦いの地へ~天正壬午の乱」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/post-dae8.html
「激戦!金窪城から神流川へ~天正壬午の乱」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/18-f136.html

「玉縄城-1 現代の難攻不落の城へ」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-170d.html
「その2」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-77e4.html
「その3」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-0e19.html
「玉縄城の歴代城主の法要が営まれました」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-0e25.html
「小田原城内にあった為さま(北条為昌)の菩提寺」
http://maricopolo.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-e4c6.html


マリコ・ポーロ こと 萩真尼

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2018年1月28日 (日)

「滝の城」見学会配布資料と、小田原城見学会あります(2/3)

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~滝の城~


来る 2月3日(土)には、北条の2つの城で発掘調査見学会があります…というか、あるはずでした。


滝の城

我らが北条氏照ゆかりの、所沢にある「滝の城」の見学会は、先日の降雪のため中止になりましたね。久々に登城しようと考えていたので残念なり。

見学会で配布予定だった資料が、さっそくHPにアップされています。

http://www.city.tokorozawa.saitama.jp/iitokoro/event/main/bunka/genchisetumeikai2017.html


小田原城

我らが本城で、またまた戦国期の遺構の発掘調査見学会です。

皆さんご存知の、駅の横のあそこです。おととしの5月から掘っていましたよね。長~い期間掘っていましたね~。今回の見学会が最後だそうです。


今までにも戦国期の砂利敷遺構、柱穴列、畝状遺構などが出てきていますが、今は、半円状の大きな溝や、周囲を溝と立木で区画して内部に砂利を敷いた建物遺構、井戸などが見つかっているそうです。

三の丸の外にも、戦国時代の屋敷が広がっていて、そこから景徳鎮なども出てきているのですね。面白そうです。

http://izu-sagami.jp/odawara/?p=1732


昨年10月からのスーパー連続講演会&シンポジウムが終わり、早川口の見学会やお城EXPOが途中で入り、やれやれ これで一段落。やっと 「北条五代の娘たち」 の続きに専念できる…とホッとしていましたら(←ウソだ。つまんないって言ってたくせに)。

どーしましょーねー。


マリコ・ポーロ こと 萩真尼

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