2020年12月19日 (土)

道灌・小田原北条を大河ドラマに!署名を募っているそうです

マリコ・ポーロ

医療介護はじめエッセンシャルワーカーの皆さま、本当にありがとうございます。

 

「のん!」
「むっしゅう!」

『新九郎、奔る!』の第6章。太田道灌はエルキュール・ポワロでしたね。名僧が、その舞姿の美しさを称えた様はどこへ? が、しかし、名僧が書くことはオーバーですから、話半分に受け取っておきましょ。

「つるハ〇〇むし」にも、つい噴き出しちゃいました。私の子供時代の仲間では「つるハ〇〇むし」でした~。


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~『戦国大名北条氏の歴史 小田原開府五百年のあゆみ』吉川弘文館~


断捨離で本をリサイクルに持っていくそばから新しい本を買っているマリコ・ポーロ。つまみ読み(?)した後は 積ん読 が増えるばかり…いやいや、読んでいますよぉ。徐々に……ゴニョ。

それらの 積ん読 はそのままに、先に読んでいるのが昨年発行され今年増刷となった『戦国大名北条氏の歴史』です。執筆は小田原衆(新旧お馴染みの学芸員さん達)総出!そして小和田先生、森幸夫氏…などなど読み応えたっぷり。

小田原北条ファンの皆様はすでにお読みになってらっしゃると思いますが、私も、つまみ読み ではなく始めから順番に拝読しております。


そうそう、読んでいてフト気が付いたのですが…
大きな声では言わなかったけれど(中ぐらいの声では言ってた💦)、「小田原開府五百年」の「開府」って、開幕したのでもないし守護大名でもなかったのに「開府」ってなんだろう?と、実は思っていたんです。

南禅寺の東嶺智旺が小田原を訪ねた時の、あの記録に、小田原のことを「府中小田原」と書いているのですね。当時の小田原は「府中」として知られていたのですね。

ってことでいいのかにゃ?歴史の基礎学問をしていないので、戦国時代の「府中」の意味をいまひとつ理解していない マリコ・ポーロ ですが。


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~稲付城跡の静勝寺にて~


さて、太田道灌と小田原北条関係では、大河ドラマへの嘆願署名をそれぞれ募っています。太田道灌の署名は前にもブログにあげましたが、再度。以下、タッチしてご署名よろしくお願いいたします。私がお願いするのもなんだけど。

太田道灌 署名フォーム

小田原北条 署名フォーム


坂東の戦国時代は全国区ではない人名・地名が多いから難しいという声もあります。これも何度か書いた繰り返しになりますが、東北や坂東以外では、当時は歴史好きの間でも知名度が低かった「炎立つ」や「伊達政宗」は大河に出来ましたよね。その後、藤原三代や政宗の旧蹟を巡る観光客もグッと増えました。

要は、脚本(←すっごい大事!)・演出・役者さん…ですよねえ。どうか、マリコ・ポーロ の目の黒いうちにどちらかの大河ドラマを観せてくだされや。


マリコ・ポーロ こと 萩真尼

画像は全てマリコ・ポーロが撮影しました。コメント欄をもうけております。公開させていただいてはおりませぬが、ご感想なりいただければ嬉しいです。
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2020年12月 9日 (水)

気になる滝山城・小田原・玉縄城・戎光祥などのイベント(2020.12~)

マリコ・ポーロ

医療介護はじめエッセンシャルワーカーの皆さま、本当にありがとうございます。

 

マリコ・ポーロがいつまでも逼塞してる間に、皆さまは様々な苦心をなさって活動を始めてらっしゃるのですね。

まずは、我らが北条氏照の城「滝山城」から。


▲ 滝山城築城500年記念事業

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~いただいた御城印、ありがとうござうるぅ(*'▽')/ ~


大石氏が築城したとされる滝山城は来年、築城500年を迎えます。皆さまご存じのように、城は、そのあとに入った我らが北条氏照により大きくリフォームされ名城と謳われるようになりました。

今年から来年にかけてたくさんの記念イベントが、八王子市をあげて行われるようです。


下記リンクの「滝山城築城500年」HP に詳しく載っていますが、ちょっとビビビッときたのが、おまんじゅうラッピングバス。

え、そこ?って?
だって羨ましいんだもん。


おまんじゅう は、八王子名物「つるや製菓」さん。あの「都まんじゅう」に三ツ鱗の焼き印が押されています。販売は12月20日までだそうです。食べたい!ラッピングバス は、西東京バスさん。写真を撮りたい!

たくさんの行事はこちらに(おまんじゅう&ラッピングバスの写真も載っています) → 「滝山城築城500年」


また、先にお知らせした加藤哲先生によるプレイベント講演「上方の儀に付き、際限なき御用に取乱れ候~滝山城主北条氏照の人と合戦(2)~」は終了しましたが、感染対策で密にならないように2部に分けて行い盛況だった模様です。

滝山城の氏照友師匠がレジュメを送ってくださったので、熟読してからブログに書きたいと思います。


▲ 本城 小田原

「小田原市制80周年記念 小田原城天守閣60周年記念事業 一夜城×小田原城 令和に蘇る小田原合戦 ~ 一夜城イルミネーション大茶会と小田原城北条市~」


漢字がいっぱいで目がウロウロしちゃいますが、つまり…
一夜城と、小田原城と、「お城EXPO」など、正の遺産・負の遺産、現代イベントを全部からめて、アチコチで様々な(また様々💦)ことをやっちゃう!ということです。

マリコ・ポーロがビビッときたのは「大茶会」。一夜城に茶室を再現しての茶会です。行きたい…
(ノД`)シクシク


期間:2020年12月18日~2021年1月3日

詳細はこちらを → 「jiji.com さんのHP」


▲ 玉縄城「連続歴史セミナー 第4回」
玉縄城址まちづくり会議主催

先にブログに書きましたが、再度。

第1回・2回・3回とも、とても魅力的な興味津々セミナーでした。特に2回目の浅倉先生の「北条氏当主をとりまく女性たち」と、梯さんの「玉縄北条氏の文化的活動」は是非拝聴したかった…。なにもかも残念。


さて第4回。
日時:2021年1月23日(土)
講師:玉縄ではお馴染みの、大竹氏・玉林氏・伊藤氏

詳細はこちらを→ 「観光かながわNOW~鎌倉・玉縄城址を活かす歴史ミュウジアム事業


▲ 戎光祥ヒストリカルセミナー

次々と魅力的なセミナーが続きますね。それがまた、コロナ禍によりネットで配信され、レジュメも見られます(プリンターがあれば印刷もOK)。

ワインを飲みながら、一人ツッコミで視聴できるものですから、ついつい購入してしまう…。


北条ファンのマリコ・ポーロは、数回前の平山優氏の「天正壬午の乱」の視聴が終わり、今は先日12月2日に開かれた黒田基樹氏「戦国大名と国衆」を視聴中。

「国衆」とはそういうことだったのですか!って感じ。こちらも追々ブログに書くかもしれません。把握できたらですが…💦


次は更に大変ですよ!
・家永遵嗣氏
「今川義忠の討ち死にと摂津之親・伊勢盛時(伊勢宗瑞)」
・大石泰史氏
「今川氏親の名乗りと今川・北条同盟」

2本立て!

2,500円ですが、いつでも何度も視聴できてレジュメもあるので、本を買うようなものですな。


申し込み締切間近です。
会場で参加の方はこちらに詳細が → 「戎光祥ヒストリカルセミナー」
ネットで観る方はこちら → 「事前予約動画申し込み」


▲ 企画展「戦国時代の鎌倉-もとの都に成してこそみめ-」
鎌倉市歴史文化交流館

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枯るる樹に また花の木を 植ゑそへてもとの都に なしてこそみめ


小田原北条ファンは皆ご存知。宗瑞の和歌をサブタイトルにしてくれたのですね!

鎌倉の歴史は、源氏→徳川へと、間の小田原北条をスッ飛ばして発信されることが多かったのですが、最近は小田原北条に光があたるようになりました。


我が家と鎌倉は、横須賀線に乗るまで(&降りてから)も土日も平日も朝昼晩も満員電車なので私は相変わらず参りません。残念なり。BS「ぶらぶら博物館」で放映されないかにゃ~。

図録だけでも取り寄せよっと。

こちらを → 鎌倉市歴史文化交流館


取り急ぎ以上です。

マリコ・ポーロ こと 萩真尼

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2020年9月 2日 (水)

「小田原北条ぶんぶん録」

マリコ・ポーロ

医療、保険、介護、保育、ごみの収集、警察、保安、交通機関、公共機関、生活必需品製造販売、宅配関連などなどの現場にいらっしゃる方々、本当にありがとうございます。


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~こちらは学研さんの『天正壬午の乱』で恐縮。戎光祥さんももちろん出されています。なぜ2社でなのかは分かりません。~


当ブログも今月12年目に入ります。

が、しかし…
見聞したき場所はあまたあれど見聞には行けず、北条追っかけの「」ネタのストックがほぼ無くなりました。


なぜ見聞に行けないかというと、都心はいまだ陽性確認者が多く、都知事も「東京の人は他府県への移動はまだ控えて~」とおっさっていることもあり、また、もし自分が無症状の陽性者だった場合も怖いので、いまだ逼塞中だからです。


我が家には高齢の親や超高齢(20才)の猫又(?)🐱 がおり、万が一私が感染したら家族に感染することは必至。親しい親戚や友人は江戸にはおらず、その上みんな車を持ってにゃいので援軍も呼べない。近所の人なんてどんな人がいるかも知りません。

それでも、人間は世の中がどうにか面倒を見てくれるでしょう。お子さんなら一緒に入院も出来ますし(有名人だけ?)。でも、猫はたぶんそのままで餓死 or 持病の薬が飲めずに…テンテンテン。


と、長々と自分のことを書き連ねて失礼しましたが、何を申したいかというと…

本や論文の感想文ばっかり書いていも読んでくださる方達も楽しくないでしょうから、「小田原北条見聞録」も終止符を打つ時か…とドヨ~ンとしていました。


そんなところ、歴友さん方より、北条ゆかりに限らず今までに訪ねた史跡を再度調べたりして書いてもよいのでは?とか「見」はなかなか出来なくても「聞」だけだってよいのでは?などなどの励ましのお言葉をいただき思い直しました(すぐ立ち直る💦)。

そだね~。マリコ・ポーロは現地に立ってこそのブログなのじゃが、ブログを書くこと自体は趣味なのだから自分の書きたいことを書けばエエ。ほな、「小田原北条ぶんぶん(聞聞)録」としてもうしばらく続けてみまひょか。


ということで、早速の「ぶんぶん」。

▲ 戎光祥ヒストリカルセミナー
平山優氏オンライン講演会「天正壬午の乱」

すっごく興味ありますね!

実際の講演会はすでに終わっていますが、参加出来ない人のために家で拝聴できるようにしてくれました(有料)。「一般販売」は9月9日からのようです。支払いをすると、動画のURLアドレスがメールされてくるそうです。それも、レジュメ付で。ありがたい!


本の方の『天正壬午の乱』は拝読しましたが、読むのと実際に聞くのとはまた違いますよね~。講演会に参加した方達からは、とても面白かったという話を聞きました。今夜ゆっくり拝聴します。楽しみ~。

動画配信だと何回も聞き直せるところも助かります。こういう方式で、講演会や発掘調査現地説明会などを他でもやってくださると嬉しいのですが。


私は会員でもなんでもないのですがSNSですでに申し込めたため今夜から観られるそうです。「一般」とはなんだか分からなくて恐縮ですが、ご興味ある方は、戎光祥さんのHPをちょこちょこチェックしていてくだされ。

戎光祥ヒストリカルセミナー



▲ BSプレミアム「絶対行きたくなる!ニッポン不滅の名城」は「小田原城」だそうですよ

日時:9月4日(金)22:00~

以上、取り急ぎの「ぶんぶん」。


🐎 神流川の地を、名胡桃衆と一緒に見聞した時のブログ記事です

「神流川の戦いの地へ~天正壬午の乱」
「激戦!金窪城から神流川へ~天正壬午の乱」

「「関東戦国の大乱~亨徳の乱展」 & 天正壬午の乱」


萩真尼 こと マリコ・ポーロ

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2020年8月11日 (火)

峰岸純夫著『中世鎌倉盛衰草紙』を読みました

マリコ・ポーロ

医療、保険、介護、保育、ごみの収集、警察、保安、交通機関、公共機関、生活必需品製造販売、宅配関連、クリーニング店などなどの現場にいらっしゃる方々、本当にありがとうございます。


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~アクリル板が反射し見づらくて恐縮。3代北条泰時邸の遺構が保存され上から見られるようになっている。若宮大路の執権小町亭跡に建つ、中世鎌倉ファン(含むワテ)が立ち寄る鎌倉武士グッズ「侍気分」さん店前の床。M's Ark Kamakuraビル 内。また、大路向いの Tully's は北条時房(義時弟/初代連署)の屋敷跡で、発掘された遺物を見ながらの一服。~


さて、前回は峰岸先生の新刊の、印象的な挿絵についてご紹介しました。


読み始めました。

第一部は頼朝から宗瑞までが、鎌倉の素っ晴らしく美しい写真(原田寛氏)や水彩画(矢野元晴氏)と共に時系列に進み、とても読み易く、行きた~い、歩きた~いと欲求不満にさせられます。

第二部は、も少しピンポイント&安達氏のこと。


目からミツウロコだったのが、
関東中央部からは戦国大名権力を生み出せなかった。北条・上杉・武田などの関東の外に成長した戦国大名たちの草刈り場…


たしかに~。小田原北条は元は関西の人だし、あらたに関東を支配したのも三河の人だもの。恥ずかしながら、今までそこには気が付きませんでした。

太田道灌はアカンかったし。

道灌状から、旧来の体制の枠内に止まった彼の限界を見ることができる
と先生は書いてらっしゃいました。


「氏綱の鶴岡八幡宮再建と氏康の「大鳥居跡」」
「北条氏綱が鶴岡八幡宮へ奉納した「太刀」」

「①大河「太平記~父と子」と、北条高時のこと」
「②大河「太平記~芽生え」と、足利尊氏の鎌倉屋敷はどこにあったのか?」
「③大河「太平記~風雲児」と、尊氏の早世した兄&討たれた長男竹若丸」
「④ 大河「太平記~帝ご謀反」と、北条家はなぜ将軍にならなかったのか?」
「⑨大河「太平記~宿命の子」と、金沢氏の称名寺」

「非公開 「英勝院」の御廟内部~鎌倉」


萩真尼 こと マリコ・ポーロ

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2020年8月 9日 (日)

印象的な挿絵の『中世鎌倉盛衰草紙』峰岸純夫著

マリコ・ポーロ

8月6日 広島、8月9日 長崎。陽性確認者が激増している状況下ではありますが、忘れてはならない歴史


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~雨の八幡宮、早朝(2019.7)~


チト先に…
八王子城
御主殿の奥の一段高くなっている方、9月から大きな調査が入るそうです。
毎日公共交通機関でお仕事に行っている方達には申し訳ないですが、我が家からは平日土日・時間問わず満員電車に片道1時間以上は乗らねばならず、見にいけません…。近くの方や車の方、どんなだったか教えてくだされ。

もう丸半年、家族以外の誰とも会っていない…。外で発する言葉は「袋いらないです」「Suicaで」「一括で」のみ←近所での買物。


さて、

氏直たちが高野へ旅立ち、家康殿も江戸へ入り小田原北条開城落城強化月間も一段落。そんなところで、我らが「旧・八王子城を守る会」の会長でもあった峰岸先生の新刊が出ました!

中世鎌倉盛衰草紙 東国首都鎌倉の成立と展開

歴史探訪社。ムック本です。峰岸先生の本では珍しいです。


写真(原田寛氏)も素ん晴らしく美しいですが、さし絵の水彩画の素敵なことったら!

表紙は「毘」の旗を掲げ鶴岡八幡宮の参道をゆく謙信くん。裏表紙は、弓を掲げ由比ヶ浜(材木座?)を駆ける太田道灌殿。そのバックには江の島が。

同じく砂浜を駆ける尊氏さま(暴れん坊将軍ではない)、竹林をゆくシゲッチ(足利成氏)、切通を超える我らが伊勢新九郎さん、後醍醐天皇、大塔宮護良親王さん、直義殿(昔頼朝像といわれていたアレみたいな)、佐殿(木造のアレみたいな)…。


画家は矢野元晴氏。「じゅん散歩」で見たことがあります。水彩画の教室をされていて、鎌倉マダムに大人気の若い方です。

武将絵も描かれるとは知りませんでしたので、原画が欲しいです。検索してみましたが、どこで手に入れられるのか、それより価格はいったいどのぐらいなのか、まったく分かりません。

本から切り抜いて額に飾っちゃおうか!そうしたら読めまへんな。まだ拝読していまへんので。


🐎 アナザーブログ
鎌倉の蓮、酒田の紅花などなどアップしています。八王子城や小田原ももちろん。よろしくば。
「萩よりほかの花も見るべく」


🐎 マリコ・ポーロ ブログ

「氏綱の鶴岡八幡宮再建と氏康の「大鳥居跡」」
「北条氏綱が鶴岡八幡宮へ奉納した「太刀」」

「①大河「太平記~父と子」と、北条高時のこと」
「②大河「太平記~芽生え」と、足利尊氏の鎌倉屋敷はどこにあったのか?」
「③大河「太平記~風雲児」と、尊氏の早世した兄&討たれた長男竹若丸」
「④ 大河「太平記~帝ご謀反」と、北条家はなぜ将軍にならなかったのか?」
「⑨大河「太平記~宿命の子」と、金沢氏の称名寺」

「非公開 「英勝院」の御廟内部~鎌倉」


萩真尼 こと マリコ・ポーロ

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2020年7月25日 (土)

セミナー・講座~玉縄城址まちづくり会議&小田原北条の会(2020)

マリコ・ポーロ

大雨の被害がこれ以上でませんように…。地震も多いです。皆様、雨、地震、ウィルスへの用心は怠りのう。


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~小田原の海を眺めたい…~


小田原北条の会玉縄城址まちづくり会議さん主催の講座・セミナーが再開です!

玉縄さんの連続セミナーは玉縄北条菩提寺「龍宝寺」さんの協力で、文化芸術振興費補助金、地域文化財総合活用推進事業(地域文化遺産)。小田原北条の会も玉縄さんも、毎回、精力的に魅力的なセミナーを催されますよね~。


マリコ・ポーロが端っこに席だけは置かせていただいている小田原北条の会の講座は、ガイドツアーや講演会ではお馴染みの旧文化財課鳥居和郎氏や大島慎一氏、そして学芸員の岡氏による、北条領国下での一向宗や早雲寺殿二十一箇条、氏綱の遺言などについてです。

もともと小会場のうえコロナ対策もあり、小田原北条の会は参加可能人数が少ないためここに詳細を書くのは控えます。

玉縄さんの連続セミナーはHPに見つけられないので(今日現在)以下に書き出します。詳細は、まちづくり会議さんへ(文末)。


私は東京都の真っただ中に居住する、思いっきり都民。陽性確認者が増大しているので当面の参加は控えますが、当ブログを読んでくださっている方は神奈川県の方が多いので、ここにお知らせする次第です。参加される方は、私が申すのもなんですが、感染対策バッチリよろしくぅ!

友人達も他県のためもう丸5ヶ月も家族以外と会ってなく、家の周りをウロウロしているだけ。北条成分枯渇どころか、人間&自然成分枯渇なり。参加できなくて、ひっじょーに残念。


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~鎌倉光明寺の古代蓮を愛でたい~


玉縄さんの連続歴史セミナー

▲ 第1 回「戦国の城の歴史」
日時:8月1日(土)14:00-16:00
会場:鎌倉・玉縄歴史館(玉縄ふるさと館)

・講義「戦国の城の謎」
講師:香川元太郎 氏
(イラストレーター・絵本作家・日本城郭史学会委員)

・講義「玉縄城の七つの謎」
講師:鎌倉ではお馴染みの、大竹正芳氏(日本画家・日本城郭史学会委員)

受講募集人数:20人
予約受付開始:7月1日~7月30日
受講料:1500円 (歴史館入館料含む)


▲ 第2回
日時:10月10日(土) 13:30-16:00
会場:玉縄学習センター

内容:三人の歴史学者による講演「後北条氏一族の文化的活動検証」
・「北条氏当主を取り巻く女性たち」
浅倉直美氏
・「玉縄北条氏の文化的活動」
梯弘人(神奈川県立歴史博物館 中世史学芸員)
・「戦国時代の鎌倉・藤沢」
鎌倉ではお馴染みの、伊藤一美(歴史学者)

受講募集人数:25人
予約受付開始・ 9 月1 日~10 月6 日
受講料:1500 円



▲ 第3回
日時:11月21日(土)13:30-16:30
会場:玉縄学習センター第4 集会室

・基調講演:「戦国時代の武将像」
小和田哲男 先生

・シンポジュウム「戦国東西文化比較論」
パネラー小和田・伊東潤・玉林・大竹・伊藤 15:00-16:20

受講者募集:60人
予約受付開始:9 月1 日~当日
受講料:1500 円


▲ 第4回
日時:令和3年1月23日(土) 13:30-16:00
会場:玉縄学習センター

・「城郭史的な玉縄城の謎」
大竹正芳氏
・「証明された玉縄城の特異性」
玉林美男氏
・「鎌倉武家文化と戦国時代」
伊藤一美氏

受講募集人数:25人
予約受付開始:11 月21 日~1 月16 日
受講料:1500 円


申込先:玉縄城址まちづくり会議
E-mail artbank21@nifty.com
電話 0467-45-7411


🐎 以下、小田原北条の会&玉縄城のブログ記事の超一部です。それぞれの記事の文末にその他の関連ブログ記事が添付があります。ご覧くださいましたらいと嬉し。

「小田原北条と「八丈島」」
「北条五代の娘たち ⑧ 玉縄水軍の御しんぞう様」
「玉縄城下の探索会へ(2019.11)」

小田原北条の会の講座の一部です。
「「北条の 城郭(支城)ネットワーク は本当にあったのか?」鳥居和郎氏」
「「北条氏綱像」は後世に改変されたのか?鳥居和郎氏」
「「手づくねかわらけ は権威の象徴だったのか?」鳥居和郎氏」
「発掘ヶ所は 124!~戦国ワンダーランド小田原」土屋健作氏


萩真尼 こと マリコ・ポーロ

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2020年5月17日 (日)

5/19「今川シンポジウム 2020」が YouTube にて!

マリコ・ポーロ

医療、保険、介護、保育、ごみの収集、警察、保安、交通機関、公共機関、生活必需品製造販売、宅配関連などなどの現場にいらっしゃる方々、本当にありがとうございます。


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たぶん中止、それに、こんなご時勢にならなくてもどうせ行けなかったし…と思っていたシンポジウムが無観客で開催され、それがなんと YouTube で配信されるとは!

ありがとうございます! 今川義元公生誕五百年祭推進委員会さん、静岡商工会議所さん!嬉しいです。


🐎 シンポジウムの内容は以下

日にち:5/19(火)
時 間:14:30~16:50 

(第一部 記念講演)
「今川研究の最前線 ー 今川氏が遺したもの ー」
講師: 大石泰史 氏

(第二部 座談会)
推進委員会委員長、小和田哲男 氏
臨済寺 住職、阿部宗徹 氏
彫刻家、堤直美 氏(義元像制作)
推進委員会副委員長、酒井公夫 氏


詳細と YouTube のURL(クリックすれば動画が現われる)はこちら

「今川シンポジウム2020」


今、あちらこちらの自治体や歴史の会でオンライン講演会や集いが行われていますね。もし有料でも本当に有り難いです。

ただ…
このシンポジウムのように拝聴するだけならいいのですが、オンラインで参加となると顔を映したくない(映せるようなシロモノでない)のでヤダにゃ~と申したら、「お面かぶれば?」と。

お面!グッドアイデア!と思ったのですが、どんなお面にするか凝りまくってしまいそう。

というか、それ以前にオンラインをどうやっていいのか分からない。やり方を観ながら苦心惨憺しましたが、結局諦めましたわ。ハハハのハ…
(ノД`)


▲ New ブログ のお知らせでござる

自粛が長くなるゆえ、萩の露 の名にて花のブログを始めました。身近な花を愛でフト思い付いたことを綴っております。ブログ名は、西行の和歌から拝借しました。よろしくば、まずはPC版でご覧くださいましたら嬉しいです。

「萩よりほかの 花も見るべく」


注)こちらはコメント公開です。どうやってコメント未公開にするのかよう分からへんかったのだ。


🐎 これまでの今川についてのブログ記事の一部(特に研究系)です。よろしくば。

「花蔵の乱~寿桂尼は恵探を擁立しようとしていた!?」
「「福嶋氏と今川氏親・寿桂尼」 戦国史研究会」

「「寿桂尼と今川氏展」 島田市博物館(2017)」

萩真尼 こと マリコ・ポーロ


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2020年4月14日 (火)

宗瑞を圧迫した立役者、赤沢朝経~家永遵嗣氏 講演

マリコ・ポーロ

医療、保険、介護、保育、ごみ収集関係、警察、保安、交通機関、公共機関、生活必需品販売関係、宅配関係などなどの現場にいらっしゃる方々、本当にありがとうございます。

そんな切迫した状況下で呑気なことばかり書いていて恐縮です。


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~小田原シンポジウム「伊勢宗瑞の時代」のレジュメ~


さて、ところで、いきなりですが…

赤沢朝経 って、誰?


今となっては遠い昔のように感じる世の中が平穏だった昨年の12月、小田原で シンポジウム「伊勢宗瑞の時代」が開かれました。そこで、家永遵嗣氏が、赤沢朝経(宗益)は「伊勢宗瑞圧迫の立役者」だとおっしゃったのを聞いて以来ずっと気になっています。

図書館も使えない今…といっても、中央図書館のホームページで蔵書検索をしても、赤沢朝経について書かれた本は出てきません。


🐎 そこで、人様のブログやホームページを覗かせていただいた

すぐ感化されてしまう単純な脳なので人様の記事はあまり読まないのですが、この際致し方ないということで、やはりとても少ないながらも拾わせていただいた赤沢朝経(宗益)の情報は…


・赤沢家は、小笠原の庶流で、本拠地は信濃である。

・今川氏親に圧迫をうけた斯波のお友達

・足利義政の弓道の師匠であり、細川政元(勝元の息子)の被官だった。

・明応年間、義澄を立てた主君細川と共に反義稙(義材)派で活躍。

・つまり、新九郎さん(宗瑞)と仲間の時もあった。

・永正元年、主君細川政元に反逆するが → その後また政元に復帰。

・政元が家臣に暗殺された時に自身も自刃。

などなど。合ってる?


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~小田原のレジュメはいつも分厚くて本のように充実!~


🐎 シンポジウムでの家永氏の話&レジュメより

明応7年、宗瑞が伊豆を、氏親様は赤沢朝経のお友達の斯波氏から遠江をゲット(ゲットとは家永先生はおっしゃらないけど)。

しかし、義澄 をかつぐ細川(含む赤沢朝経)・宗瑞・今川氏親達は「少数派」である。


明応8年、北陸にいた 義植 が上洛開始。これが「二人の将軍の対立の 第2段階 の始まり」と。


細川が、越後上杉・山内上杉・古河公方(政氏)を 義澄派 に誘いこみ、東国の義澄派は多数派になる。茶々丸が没したことで、細川は茶々丸派と結ぶことが出来るようになったのだ。
義植は周防へ逃れる。)


文亀1年頃から、宗瑞や今川氏親は、細川のこの「政策転換」により細川勢力から圧迫をうけるようになる。そして、「政策転換」は赤沢朝経を主導とした「軍事的敵対政策」へと発展する。

つまり、これは「裏切り」と言って良かろうと。


この頃、赤沢朝経はお友達の斯波のために、かねてより企画していた氏親様から遠江を取り戻す攻撃を実行!


宗瑞は、赤沢に協力している小笠原に対抗するため(か?)の甲州対策で、信濃の諏訪に接触しようとしている。赤沢は、小笠原を通して諏訪とのパイプが強いからだ。

宗瑞は、諏訪と武田が細川側につくことを恐れたと思われる。


新九郎さんの仲間がどんどん減ってゆくこの時期が、「新九郎さん最大のピーンチ!の時期」。

それは、「宗瑞が茶々丸を討って義澄の生母の仇討ちを果たした、という功績は、細川政元の裏切りで吹っ飛んだ」ということにもなる。


そして、家永先生曰く…
文亀4年(永正1年)に、宗瑞が小田原を支配しているらしい証拠が顕れるため、宗瑞が大森から小田原城を奪う何事かがあったようだ。

(宗瑞の小田原城奪取の時期については、いまだ諸説あり?)


と、以上は、なるべく家永先生がお話しとレジュメでお使いになった言葉で書いたつもりでござる。

とはいえ、京の情勢や明応~永正のこの時期の坂東にも知識が浅く、家永先生の機関銃トークに耳はついて行けても脳がついて行けなかったマリコ・ポーロ のこと。早とちり、勘違いがあるやもしれず、ご興味を持ってくださった方は是非レジュメをお取り寄せくださいませ(現在もあるかどうか不明)。


赤沢朝経。小田原北条の追っかけで、新九郎さんのこともたくさんブログに書いておきながら、まったく知りませんでした。というか、新九郎さんの個人情報ばかり書いていて、その時代をほぼ知らなかったことにも気が付きました。

まだまだまだまだ 々々々々々……知らないことばかり。


ゆうきまさみ氏は、ここまで書いてくれるかにゃ~。伊豆をゲットするまでのような雰囲気のことをおっしゃってもいたようないないようなでしたが…。

「講演「伊勢宗瑞 漫画家と歴史家が語る北条早雲」」
「『新九郎、奔る!』 ゆうきまさみ 著」

「小田原北条の女領主、伊豆の山木大方」
「早雲・秀吉の兵火に耐えた五体の運慶仏」
「後北条家の御用達 「江川酒」を飲んだ」

「北条五代の娘たち ⑦ 錯綜する堀越(今川)六郎室」 

「北条早雲が焼いた鎌倉の寺々」

▲ 伊勢宗瑞(北条早雲)の息女たちのこと
「北条五代の息女たち①今川から戻った長松院様」
「北条幻庵の、伊豆の屋敷と菩提寺「金龍院」」
「北条幻庵の妻は、葛山氏ではないだろうか?」


萩真尼 こと マリコ・ポーロ

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2020年1月21日 (火)

「小金城と根木内城」 松戸市博物館

マリコ・ポーロ


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~3/22(日)まで。オススメ!~


学芸員さんの展示解説の日に行ってきました。人数が多過ぎて、なんと2回に!人気ですねえ。

「松戸市の戦国末期の全てをご覧に入れたい」とおっしゃる中山学芸員の説明は熱く、面白くて、2回目までの間の30分も 根木内城 のジオラマの前で質問を受けながらの城や地形の解説をしてくださいました。


実は根木内城を知らなかったのでとっても勉強になりました。「根木内城」という名は文書には出てこないし、戦国時代中に埋められたんですってね。

 

展示も充実。遺物のそれぞれの展示には『酒飯論絵巻』が、文書のそれぞれの展示には状況解説がマンガでされていました。分かりやすいです!

Img_20200119_170026
~それぞれにこんな感じ。こちらは高城殿が氏康に「今がチャンス!」と知らせた時の国府台。~


これだけのものが 無料 で観られるなんて。
ドびっくり~(*_*)


根木内城の解説に興味をそそられ、帰りにチラッとでも残っている遺構を見ようと思ったのですが結局2回目の解説も聞いてしまった(途中まで)。今回は寄れませんでしたので、あらためて行ってみたいと思います。

というか、3月に博物館の見学会があるのだね。競争率が高そうですが申し込んでみます!


松戸市は城跡がたくさんあって羨ましい限り!しかし、小金領の人々にとって、北条は侵略者のイメージだったかもしれないそうな。考えて見れば、そりゃそうですよね~。


展示資料リストです ↓ どれも見応え・読み応えあり!博物館HPはこちら

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「国府台城つながりで「小金城」」


萩真尼 こと マリコ・ポーロ

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2020年1月10日 (金)

再びの「なぜ小田原北条は大河にならないのか?」と戦国武将ランキング

マリコ・ポーロ


Img20160923_2150451
~お習字のワークショップで自作したブックカバー~


前回に続いてしつこくブログに書こうと思ったら、10年前!にも書いていました。書きたいことは同じでした。文末に添付しましたので読んでくださいませ。


なぜ小田原北条は大河にならないのか?平安時代からの有力武家はほとんど大河になっているのに。有力でなくてもなっている武家はあるのに、北条と今川、そして太田道灌(含む上杉)もならない。

それには3家共通の理由があるような気が…。徳川以前に駿府や坂東や江戸に勢力を張っていた家があるとイヤな人が世の中にいるとか…。マリコ・ポーロの考え過ぎ?まあ、大河がすべてではございませんので。


年末のテレビ番組「戦国武将総選挙 戦国武将ベスト20」をご覧になりましたか?伊勢宗瑞(北条早雲)も名将北条氏康も、東海一の弓取り今川義元殿も、ベスト20に入っていませんでしたね。

いくらバラエティとはいえ、これには愕然としました。


あんな何もしていない傀儡武将や、少し前まで歴史オタクぐらいしか知らなかったあの武将や、史実では大した功績どころか大した戦績もない武将が入っていたりしました。ゲームの影響なら、北条氏康だってかなりカッコ良いそうなので(ゲームはやらないから分からんが)、やっぱりこれは大河ドラマの影響が大だと思いました。番組も大河推しでしたし。

それにしても信玄殿が7位だったのは…時代が変わったのでしょうか。



北条は戦国の大大名なのに、イベントだって宣伝だって大々的にやっているし、有名だし、なんといってもあの時代に百年続いたなんて家、滅多にないですよ。名門中の名門ですよ。どうして北条は(名門でいえば今川さんもですが)こういう時に出てこないのでしょう?

北条ファンの皆さん!次の「戦国武将総選挙」には、組織票で行きましょう!そしてテレビでもっと宣伝してもらいましょ!「バラエティでしょ」なんて気取っている場合ではありませぬぞよ!


新年早々…(ノД`)シクシク

こちらです↓
「なぜ小田原北条は大河にならないのか?」


萩真尼 こと マリコ・ポーロ

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